日本のレシピサイトでは、ロシアのパンケーキがまとめて「ブリヌイ」と呼ばれることが多い。その名前の下には、生地も厚さも食べる場面も違う料理が少なくとも三種類ある。どれを作るのかが決まっていれば、フライパンを温める前に迷う場面はほとんどなくなる。

ブリンとブリンチキ、混乱の始まり

ブリン(blin)はロシア語でパンケーキ、その複数形がブリヌイ(bliny)。もともとは酵母で膨らませた厚い生地を指す言葉で、そば粉を使い、小さな鋳鉄のフライパンで焼くものだった。ブリンチキ(blinchiki)はその指小形で、今のロシアの家庭でいちばんよく焼かれる、酵母を使わない薄いほうを指す。

日常会話ではこの区別はほとんど消えている。ブリヌイと言いながら薄いものを出す家も多い。日本語の表記もブリニ、ブリヌイ、ロシア風クレープと揺れているが、指しているものは同じだ。台所で意味を持つ問いはひとつしかない。生地に酵母が入っているかどうか。

→ ロシア風ブリヌイのレシピ

生地と、そこに開く穴

うまく焼けた薄いブリンには細かい穴が一面に開いていて、光に透かすとレースのように見える。穴のもとは重曹で、レモン汁で反応させてから、いちばん最後に生地へ混ぜ込む。熱いフライパンの上で気泡が浮き、はじけて跡が残る。

出来を決めるのは二点。生地は生クリームくらいゆるくないと、フライパンを傾けても広がらない。もうひとつは休ませる時間で、室温で15〜20分おいて粉に水を吸わせる。すぐ焼くと、返すときに破れる。

巻いて詰め物をするつもりなら、もうひと手ある。焼く直前に熱湯を加えて混ぜる。デンプンの一部が糊化して生地に伸びが出るので、紙のように薄く流しても、折ったときに縁が裂けない。

一枚目は必ず失敗する

ロシアには「最初のブリンは団子になる」ということわざがあって、これは実際に起きることをそのまま言っている。一枚目はくっつくか、崩れる。フライパンと生地がまだ噛み合っていないからだ。温度が高すぎるのか、低いのか、生地が固いのか、油が足りないのか。一枚目はそれを教えるテストピースで、二枚目からは普通に焼ける。ロシアの家庭では、一枚目は黙って捨てるか、コンロの前で立ったまま食べてしまう。

フライパンは直径20〜22センチ、火加減は中火、油は見えないくらい薄く。片面を1〜2分、縁がきつね色になったら返して30〜60秒。

オラジー、厚いほうの一族

オラジー(oladyi)は手のひらくらいの、小さくて厚い酵母入りのパンケーキ。生地は二段階でふくらませる。まず温めた牛乳、砂糖、ドライイースト、少量の粉で種を作り、それから全体を混ぜて30〜40分、倍になるまで置く。

いちばん大事なルールは最後にくる。ふくらんだ生地は混ぜないこと。かき混ぜれば空気が抜けて、焼いても平らなままになる。スプーンでそっとすくい、一枚ごとにスプーンを冷水にくぐらせると生地が離れやすい。

→ オラジーのレシピ

塩味の詰め物

詰め物をしたブリンは、ロシアでは一食分の主菜になる。定番は牛と豚の合いびき肉に、甘みが出るまでじっくり色づけた玉ねぎ。効いてくるのは最後の工程だ。火から下ろしてからバターとサワークリームを混ぜ込む。これがぱさついた肉を汁気のある餡に変える。

包んだあとは、閉じ目を下にしてもう一度焼く。この二度目があるかないかで、ただの包んだパンケーキと、外が香ばしく中が熱いものとに分かれる。

→ ロシアの肉入りブリンチキのレシピ

祝いの席のブリンには詰め物すらいらない。小ぶりに焼いてサワークリームをのせ、赤や黒のキャビアを少し。温かい状態で出すこと。熱すぎるとサワークリームが溶けて流れてしまう。

→ キャビア添えブリヌイのレシピ

甘い詰め物

甘い側の定番はカッテージチーズ。ざらつきを消してクリーム状にするために一度なめらかに攪拌し、卵一個でつないで、焼いている間に崩れないようにする。レモンの皮を少し削り入れると重さが抜ける。

→ カッテージチーズのブリンのレシピ

りんごを足すとデザートになる。角切りのりんごはバターとシナモンで先に炒め、やわらかく、少し透き通るまで火を入れておく。生のまま包むと水が出て、チーズの側がゆるくなる。

→ りんごとカッテージチーズのブリンのレシピ

ブリンと間違えられるもの

スィルニキ(syrniki)は小さくて厚いパンケーキに見えるが、別の料理だ。流す生地がなく、カッテージチーズと卵と少量の粉をまとめて丸く形づくり、そのまま焼く。中はやわらかく、クリームのまま残る。

→ スィルニキのレシピ

ドラニキ(draniki)はベラルーシのもので、じゃがいもをすりおろして玉ねぎを混ぜ、フライパンで焼く。じゃがいもを焼いたことがあれば手順の見当はつく。

→ ドラニキのレシピ

マチャンカ(machanka)はパンケーキではなく、パンケーキに添えるほうだ。豚バラと燻製ソーセージをサワークリームで煮た濃いソースで、焼いたブリンをちぎって浸して食べる。名前も「浸す」から来ている。

→ マチャンカのレシピ

マースレニツァ、バターの週

ブリンには暦の上の定位置がある。正教会の大斎が始まる前の一週間がマースレニツァ(Maslenitsa)、日本語ではバター週間と訳される。この七日間、ブリンは山のように焼かれて消えていく。丸くて金色の形は太陽の象徴として語られることが多く、冬の終わりを告げる行事にはよく合う解釈だ。記録としてはっきりしているのは実務的な理由のほうで、この週はバターも牛乳も卵もまだ食べてよく、肉だけがもう食べられなかった。

ブリン、クレープ、お好み焼き

クレープはブリンよりさらに薄く、膨張剤を使わない代わりに生地のバターが多い。違いは食感に出る。クレープはなめらかでしっとり、ロシアのブリンは少し腰があって、重曹のせいで表面が細かい穴だらけになる。

→ クレープ・シュゼットのレシピ

アメリカンパンケーキは反対方向に振り切っている。ベーキングパウダー、固めの生地、小さい直径、積み上げてシロップ。あれは朝食であって、何かを包む皮ではない。

→ アメリカンパンケーキのレシピ

粉を溶いて鉄板で焼くという同じ動作がどこまで行けるかは、お好み焼きを見ればわかる。生地は主役ではなくキャベツをつなぐ役に回り、焼き上がりは一食分の重さになる。南インドのドーサ(dosa)はまた別の方向で、米と豆の生地を一晩発酵させてから、薄く大きく焼く。ロシアのブリンはその中間にいる。薄いのに気泡があり、たいてい何かと一緒に食べる。

→ 大阪風お好み焼きのレシピ

出し方と保存

焼き上がったブリンは重ねて、一枚ずつ溶かしバターを塗る。くっつかないし、縁も乾かない。サワークリーム、ジャム、はちみつ、バターは小皿に分けて一度に食卓へ出し、各自で好きなものをのせる。

冷蔵なら二日はもつ。翌日は油をひかないフライパンで軽く温め直すこと。電子レンジにかけるとゴムのような歯ざわりになる。